宰相殿の夜伽話
 
 

 「なんだ、もう終わってしまったのか…」
 月は、もう窓からは見えないほどに傾き、夜も更けていた。
 スルタンは磊落な様子で、端然と座る宰相の傍らに寝そべって窓からの月を眺めていたが、話が終わるや寝返りを打って、夜伽の男を見た。
「この口が、あんなことを口にするから…俺は、お前の顔を見て、聞いていることができなかった」
「どうだ、引き込まれたか」
「…」
スルタンは、それには答えず唇を少し歪めて笑うにとどまった。
 正直、引き込まれていたのだ。
 語られたのは、とりとめのない愛欲にさかった男女の話に過ぎないが、この男の口がそれを語ったことには、ひどく惹かれるものがあった。
 淫猥な閨房のさまを淡々と語るのが、昼に並み居る老練な宰相たちの群にひとり立ち混ざる凛とした彼と同じであることが不思議な気がした。
 今まで死に追いやってきた女たちは夜の顔しかなく、その淫蕩な一面をスルタンに見せるだけだった。
 だが、目の前の男は、もう一つの昼の顔があった。学者臭の抜けぬ、理想に傾きがちな思考を背負って、廷臣群の中でやや浮き気味な己を必死で律するそれだ。
 冷徹な裁断。
 老獪な廷臣群を論破した明晰な理論。
 昼になれば明日もきっとそれを語るに違いない同じ男のこの口から、話中のあのあられもないあえぎ声をもう一度聞きたい…。そう望んだ瞬間、スルタンは陥落していた。
「要するに、勢いに過ぎなかったんだよ、星の運行も、ぐるりレボリューション。銃の弾倉もぐるりとリボルヴァー。同じようにまたぐるり回れば、王の時代に戻る。君がおそれるあの国もまた、以前の形に立ち戻る。しばらく耐えるしかないが。シリウスも365日経てばまた南中するだろう……おい、君、聞いているのか?」
 宰相の顔を見つめたまま、何の言葉も発しない。
「どうした?」
「判らない」
「何が? フランスのことか?」
「違う、俺自身のことだ。フランスのレヴォリューションはもういい。また、そっちは昼に聞くことにする。別の顔のお前から。それよりも…だから…」
「だから?」
「明日の夜も、俺の夜伽をしろ。また、お前の口から…聞きたい」
急いた口調に、
「仰せのままに」
礼を取って俯いた宰相の唇に笑いが浮かんだ。
 
 何年ぶりだろう。
 夜伽が死なない朝が来た。

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