宰相殿の夜伽話
 
    
 この年、スルタン、スレイマン3世、軍事、行政、司法を中心に改革運動開始

 直後、ニザム=ジェディトがイエニチェリ残党と激しい市街戦を展開
  
 翌年、行政の近代化、郵政制度の導入、初等教育の導入決定直後、「異教徒」とあだ名された、大宰相サーリム・キョプリュリュ失脚。故地アンタルヤに蟄居。

1808年 スルタン、スレイマン3世、クーデタにより失脚。
      アンタルヤの離宮に幽閉。生涯、離宮を出ることはなかった。
      アンタルヤはキョプリュリュ家領域内最大の都市。


1839年 アブディユル・メジド2世治下、ギュルハネ勅令を発布。
       タンジマート(西洋的近代化政策)開始

1876年 大宰相ミドハト、憲法発布。彼の名を取りミドハト憲法と呼ばれる。  





スレイマンとその宰相の失脚後の生活を伝えるものは何もない。
淡々とかさなる西欧暦に基づいた史実だけがある。
 
いったいスレイマンは、その宰相が紡ぐ何夜、何話の伽話に酔ったのか…誰も知らない。
 
ただ、その夜伽話の断片のみが、今に残る。



宰相殿の夜伽話  了 



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