真の革命は人の心に起こるものだが…


 7
 
 7月14日は前日と変わらず、白く曇った空気の中で明けた。
 前日、パリ民衆の一部が蜂起し、ロベールはその鎮圧の指揮を執っていた。
 これほどの規模になった群衆相手の鎮圧軍を指揮するのは初めてだ。
 長期戦になるはずもない烏合の衆相手にも関わらず、兵站の確認やら、ヴェルサイユとの連絡路の確保やらに力を入れ、独り悦に入っていた。
 蜂起は、民衆に人気があった平民あがりの大蔵大臣の罷免が、辻に立つアジテーターの口から大げさに喧伝されたことに端を発し、煽られて路地を出た人間の数はテュイルリーの広場で合流し、数万に膨れた。
 慢性的な食糧不足と現政治に対する不信。
 小さな蜂起とその制圧。
 鬱積した不満の火種が、燃え上がる瞬間をいらいらと待っていた。

 テュイルリーで一触即発の群衆とにらみ合って一晩。
 珍しくもロベールが軍人としての仕事で紅い目をさせたその朝、伯爵がふらりとパリの鎮圧部隊本部に顔を覗かせた。
 彼は野戦にはほど遠いが、それでも無骨な軍営のありさまに眉を潜めながらロベールに近づくと、
「レーヌがいらっしゃっている…」
と、指を小さく立てて逢い引きの定宿にしているホテルの方向を示した。
「?」
ロベールがけげんそうな顔をすると声を潜め、
「馬車の中での言葉」
そう言うと、にやっと笑って、
「何か、レーヌが驚くようなことをしてもらうには、パリは道具立てが揃っているようだから…ね。見物にお誘いした」
と、続け、
「君も痛いと、あそこ…良く締まるだろう。女も同じさ。ヒリヒリするような危険…何か見繕ってくれ」
軍隊式敬礼を一つ、却って不敬礼なほどの似合わぬ仕草でロベールに投げると、
「あとで、お前も来いよ」
小声で誘惑し、去って行った。
「レーヌの座興か…」
後には、軍営の壁に貼りつけた、机上演習で慣れ親しんだパリ市街図を睨むフランス陸軍軍人が残った。
 
 その瞬間をロベールはただ呆然として見つめていた。
 詩作に興じるため皇帝が点けたローマの業火よりは、よほどささやかな火の手だった。だが、自らが頭に描いていた「攻撃」「破壊」が文字通り成し遂げられた瞬間には、大きな快楽があって、ロベールは幾度も、性交と同じような快楽の叫びを上げそうになるのを自制しなければならなかった。
 レーヌと伯爵が悦楽に耽る宿は、ロベールも知っていた。
 今、その宿から見える荘厳な建物が破壊され、火の手が上がり、そして血なまぐさい戦場と化していた。
 性に耽る彼らには、この大砲の地響きが聞こえているだろうか?
 血なまぐさい人の断末魔の陰惨さが臭っているだろうか?
 ロベールは、轟音とともに瓦解していく巨石の塔を眺め、そのおびただしい埃を身体に浴び、自分が漠然とした不安に襲われているのに気がつきはじめた。その不安はちょうどダレンに去られた時と同じで、どうにもロベールには理解不可能な代物ではあったが、何かとてつもないことの幕を開けてしまったらしいことだけは直感的に理解していた。

 数刻前、思い立ってわずかな手勢で別行動に移ったが、興奮し何を言っているのかまったく理解できない幾人かの武官たちが、次々加勢に加わってきて、瞬くうちに大部隊になっていた。
 ロベールが、何度も夢想してきた攻城戦をそのまま口にすると、集まった武官たちがそれを喜々として現実の行動に移していった。
 
 塹壕を掘る工兵隊。
 射程距離のあるキャノン砲を操る砲兵隊。
 突入のための特殊急襲隊。
 
 見る間に空虚な机上ゲームが、目の前で達成されていった。
 
 数時間が経っていた。
 周囲には、いままで嗅いだことのない人の熱気に満ちて、ロベールにはただ不快だった。
 流されて過ぎた彼の足元を一日を真夏の驟雨が洗う。
 激しい雨の中で、見ず知らずの男たちに、握手を何度求められたか知れない。
 彼らの顔に浮かんだ笑みの意味が、これまたダレンに去られたときのようにロベールにはまるきり判らなかったが…。
 もみくちゃにされながら、彼に向かって幾度も歓声が上がる。
 幾度も、幾度も…。

 「バスティーユが陥落した」
 最後に、雨音に負けない大声が上がり、それに呼応するかのようにパリ中がどよめいた。
 ロベールは、その地を揺るがすような生の沸き上がりの中で、ただ一人取り残されている孤独を感じはじめ、そっと帰るべきあの男と女を捜して群衆の中を漂い出していた。



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