矢のごとく駆け抜けり
 

 苦しめるつもりが気づいたときには、悦楽にはまりこみ真夜中の森の下生えをもつれ合い、転げ回った。
 男相手に、これという技巧を持ち合わていたわけではない。
 何かを取引きに持ち出し、かつての御館さまのような無体もしていない。
 ただ…。
「三郎殿がこの辺りに棲まっております」
胸の辺りを指さしながら言わずにはいられなかった。
「奉行?」
聞き違いか、という顔をした。
「惚れてしまいました」
この男と惚れ合うことが破滅と同義と判っていながら、どうしてもそういう青臭いような睦言を言わずにはいられなかった。
「奉行」
間近で見つめた三郎の瞳の中が濡れていた。泣くというのでなく、潤んでいるという言葉が似合ったような…瞳ばかりでなく、身体もすべてがしっとりとわたしの身体に絡んでいた。
「あなたに…」
同じ言葉を言い募ろうとした瞬間、弄びはじめたばかりの三郎の股間が、あっという間に気をやった。
「あ…奉行」
三郎は何がなんだか判らないというようすで、唇をわななかせ、慌ててわたしの手を払って、己の濡れた股間に手を回した。
「何もまだ、しておりません」
解いた襦袢の裾で、股間を拭う手が震えていて、三郎自身がとまどい混乱しているのが手に取るように判った。
 こんな稚拙な言葉だけで、高みに押し上がったことが信じられないのだろう。
 わたしも信じられない。
 今まで来し方、三郎が重ねた御館さまとの閨。
「そのような言葉、軽々しく侍が口にするものでは…ない」
それが真実なら、当然、わたしの告白一つが、精を吹く刺激にもなろうというものだ。
 枯れ葉の寝床の上ですら、どこか厳しい口調を時折かいま見せ、己に流されまいとする風情を保とうとしているようではあったが、今や、わたしにはそれは通じない。

 鮫ケ淵に戻る頃には、夜が明けていた。
 わたしは、朝餉の用意に立ち混ざっている女を呼び止め、所用で与板の城に帰らねばならなくなったと告げた。
「夕べはどちらに」
出立の準備を始めた女の、夜伽女風情らしからぬ問いに、
「春日の富樫に会いに」
と、言葉少なに返すと、
「…」
それ以上の詮索はなかった。その様子から、この女は…ということも知れた。
 迂闊な行動は出来なかった。
 馬を飛ばし、夕方には留守居の所司代の待つ与板の館に戻った。
 城下の職人を訪ねること数日。
 ようやく手筈は整った。
 砂鉄ならば、手に入りやすいか。
 帰りしなの馬上はもっぱらそんなことを考えた。
 管轄の直江津には鯖江に向かう船も出ていた。鯖江ならば明国との通商があった。
 さて、問題の火薬はどうしたものか。
 
 ふいに、朝まだき、二人で戻るのはまずいと、結局最後は朝露を含んだ枯れ葉の上に置き去りにしてしまった三郎のことが脳裏に浮かんだ。
 明らかに、世嗣となった影勝殿に刃向かうことになる行為に取り憑かれたように踏み込んでいた。
 鉄砲を作って欲しい。
 とりあえずは五十あればいい。
 火薬は、港を管轄しているからどうにかなるでしょう。
 皆、枯葉の褥の枕辺で吹き込まれた言葉だ。
 
 頭を冷やして考えれば、他の侍たちと同じように、三郎のその“気”に血迷っただけのことだ。
 
 いいや、違う。
 そんな生優しいことではない。
 わたしは、ずっと初めから、ただ二人あの鮫ケ淵に御館さまのお供をして移り住む…いや! もっと前だ。
 あの、吹雪の海岸で流鏑馬をしていたのを目にした瞬間から……ずっと惚れていたのだ。
 募って淵となったそれが、決壊しただけのことだ。

 「こんなに堅くて、苦しいでしょうに…痛い…とかおっしゃらないのですか」
 挿いるはずはないと思いながらも情動のままに押し入ると、三郎は反り返り、腰から下が激しく震えた。
 引き裂かれるほどの痛みに違いない。
「痛むが……痛むのも、いいものだ…な」
誰にそんなことを教えられたか、と、思う端から高ぶって、今はもうこの世に無い人間と争ってどうなるものでもないが、怒りと妬心とそして腕の中の男への情、三つが増長しあって、その後、三郎の身の上で行った所行は、恐らく非道の部類だった。
「先に帰れ」
纏ってきた羽織を裸身に被せて立ち上がると、一夜の狼藉はあまりにも明らかで、
「どうやってお戻りになりますか」
心配で声を掛けたが、
「ああ…どうにか」
と、こちらの気遣いを制し、
「なんと……これは! お前も、わたしも、今夜の紅葉狩りでは鬼女に遭ったと言わずばなるまいな」
わたしの着物の裾と辺りの落ち葉に飛び散ったその鮮やかな紅の中で、三郎はゆったりと笑った。


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