芥 河


 「今夜のぬしは、ほんとうに優しい、なんぞ言いにくいことでも腹に隠しておるか」
 膝の上で、身じろぎした徹が再び呟いた。

 そして…。
 身を包んだ単から、するり。
 長い指がはだけた俊雅の小袖の間に忍び入った。
 俊雅の腹に、昔の男への想いが甦っているのを覗き見たかのような、絶妙な間合いであった。
「まだ、湿っておる」
「さきほどでは足りぬか?」
「次ぎはいつ逢えるか判らぬから」
と、言うなり先ほどまで己を散々に狂乱させたそれを再び、揺り起こす。
 邂逅の、あの毅然とした姿の背後に、こんな隠微と退廃が潜んでいようとは。
 逢瀬を重ねる当人同士、判らなかったことだ。
「おれが、こうして…舐めてやる」
言われるや、熱い口中に俊雅は包み込まれた。
 小賢しい言葉を吐いたそれが、男の茎を銜え込んでいた。
 赤黒く変色した怒張が、薄く紅を載せたような唇に消えている。
 太いそれに唇がひきつって、薄いそれが張り詰めてなおさら薄く見えた。
 固く張った茎を扱いかね、もぞもぞと動くのも、隠微。
 見下ろしている俊雅は、それだけでもう吐精してしまいそうになる。
 徹の髪を掴み、己の股間に蠢く頭を乱暴に引き退ける。
「あっぁぁ…」
名残惜しいのか、手荒に扱われたことへの反発か。
 内裏で聞き慣れた冷静な声が、嬌声に代わると、実に色っぽい。
「…根回しは出来ただろ」
「なんだ?」
「だから、定の前の…さ」
「何、恥ずかしいことを」
「だから…おれの準備はもういいから、さっさと乗れ」
この声と美貌に負けた。
「…」
乱暴な言葉に羞恥し、一瞬、戸惑いながら、徹は、むき出しの尻を仰向けに横たわっている俊雅の怒張の上に落とす。
ゆるゆると呑み込むその鈍調に焦れ、俊雅は徹の腰を掴むや、強引に突き入れた。
「んぁ」
食いちぎられるかのような、締まり。
 腹の上ではねる骨張った身体。
 俊雅にも妻は、ある。
 別に通う女も、いる。
 だが、女たちがもたらす柔肌と柔襞の快楽とは、異質の悦楽がここにはある。

 組み伏せ合った、武芸の稽古の果て。
 その延長でまぐわった。
 力ずくで組み伏せて、幾人も男を抱いた。
 組み伏せられ、強引に貫かれた。
 その幾人かの肉に溺れ、そして幾人かには、数日は寝込まねばならぬほどに傷つけられた。
 東国での遠い日々には、それがあった。

「何を想うておる」
気が付くと、羽化登仙の境地にいるはずの徹が、醒めた目で見下ろしていた。
「おおかた、東国のことであろう」
徹の視線がつっと、くだんの扇に逸れた。
老帝の玩具としてもてあそばれた女は、果たして、誰ぞに連れ出されて往く夢想に耽ったのだろう。
「…」
俊雅が答えずにいると、畳みかけるように徹は責めた。
「図星であろう」
見る間に視線がすうっと冷たくなってゆく。
「おれにとっては、都はうっとおしいばかりのところよ」
俊雅は、その変化に気づき、腹の上にあった身体を抱き込んで組み伏せた。
「栄達を約束された頭弁が何を言う」
「おまえこそ…三人も娘があって、なおさらには東宮の覚えめでたい」
「言うな」
「ああ、もう言わぬ」
「もう、聞きたくない」
言葉はとぎれて、あえぎ声に、やがては啜り泣くような嗚咽に変じた。


 ぱちり。
 扇を畳む音に、俊雅は目覚めた。
 いつか、膳やら高坏やらは下げられていて、二人のまわりには几帳が二つ立てられていた。
「なあ、東宮が、わたしを」
徹が語り出そうとするそれを俊雅は唇で塞いだ。
 やがて唇が離れるや、再び、
「赤子の父は、義父殿で…」
辛い話を繰る唇は、また塞がれた。
 なるほど。
 逢えば、唇を吸い合い、まぐわい、そして天と地も判らぬほどに乱れるのは、どちらかがひとつ語り出せばすべて、どちらかを深く傷つけることばかりであったからか。
 闇に引き込まれぬよう、俊雅は、今夜この男と重ねた情交の数を数えることに専念した。
 見せつけるように抜いた刀の在処を枕元に探りながら、思い当たる。
「眠ったか?」
隣で寝(やす)む男の背に声を掛けた。
 返事(いらえ)は、なかった。
「では、眠ったままで聞け。おまえを苦しめる東宮をこの刀で斬ると言うたら、どうする?」
むこうを向いて横たわる徹は、微動だにしなかった。
「ならばおまえの義父殿を斬ろうかと言うたら?」
 無論、これも同じであった。
 
 しかし…、
「おまえの母君の夢のごとく、おれがおまえを東国に攫ってゆくと言うたら、どうだ」
徹の肩が、小さく揺れ、
「夢を見ておったよ、ぬしの。実に優しいことを言うてくれた、夢」
と。
 決して眠ってはいない男の声がひとつ、肩越しに返った。
 それは、俊雅を信じて居らぬということか。
 夢にはさせぬ、と、俊雅は思い、
「かの地にもうつくしき都はあるぞ」
言葉を重ねた。

 それは夢ぞ…と、優しく逃げる男に、醒めぬ夢をみせるには…如何に…と、今はまだ黎明遠い夜の闇を見据え、刀を抱いた。

 徹とそして、刀を。

 了

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