芥 河 |
| 八 「今夜のぬしは、ほんとうに優しい、なんぞ言いにくいことでも腹に隠しておるか」 膝の上で、身じろぎした徹が再び呟いた。 そして…。 身を包んだ単から、するり。 長い指がはだけた俊雅の小袖の間に忍び入った。 俊雅の腹に、昔の男への想いが甦っているのを覗き見たかのような、絶妙な間合いであった。 「まだ、湿っておる」 「さきほどでは足りぬか?」 「次ぎはいつ逢えるか判らぬから」 と、言うなり先ほどまで己を散々に狂乱させたそれを再び、揺り起こす。 邂逅の、あの毅然とした姿の背後に、こんな隠微と退廃が潜んでいようとは。 逢瀬を重ねる当人同士、判らなかったことだ。 「おれが、こうして…舐めてやる」 言われるや、熱い口中に俊雅は包み込まれた。 小賢しい言葉を吐いたそれが、男の茎を銜え込んでいた。 赤黒く変色した怒張が、薄く紅を載せたような唇に消えている。 太いそれに唇がひきつって、薄いそれが張り詰めてなおさら薄く見えた。 固く張った茎を扱いかね、もぞもぞと動くのも、隠微。 見下ろしている俊雅は、それだけでもう吐精してしまいそうになる。 徹の髪を掴み、己の股間に蠢く頭を乱暴に引き退ける。 「あっぁぁ…」 名残惜しいのか、手荒に扱われたことへの反発か。 内裏で聞き慣れた冷静な声が、嬌声に代わると、実に色っぽい。 「…根回しは出来ただろ」 「なんだ?」 「だから、定の前の…さ」 「何、恥ずかしいことを」 「だから…おれの準備はもういいから、さっさと乗れ」 この声と美貌に負けた。 「…」 乱暴な言葉に羞恥し、一瞬、戸惑いながら、徹は、むき出しの尻を仰向けに横たわっている俊雅の怒張の上に落とす。 ゆるゆると呑み込むその鈍調に焦れ、俊雅は徹の腰を掴むや、強引に突き入れた。 「んぁ」 食いちぎられるかのような、締まり。 腹の上ではねる骨張った身体。 俊雅にも妻は、ある。 別に通う女も、いる。 だが、女たちがもたらす柔肌と柔襞の快楽とは、異質の悦楽がここにはある。 組み伏せ合った、武芸の稽古の果て。 その延長でまぐわった。 力ずくで組み伏せて、幾人も男を抱いた。 組み伏せられ、強引に貫かれた。 その幾人かの肉に溺れ、そして幾人かには、数日は寝込まねばならぬほどに傷つけられた。 東国での遠い日々には、それがあった。 「何を想うておる」 気が付くと、羽化登仙の境地にいるはずの徹が、醒めた目で見下ろしていた。 「おおかた、東国のことであろう」 徹の視線がつっと、くだんの扇に逸れた。 老帝の玩具としてもてあそばれた女は、果たして、誰ぞに連れ出されて往く夢想に耽ったのだろう。 「…」 俊雅が答えずにいると、畳みかけるように徹は責めた。 「図星であろう」 見る間に視線がすうっと冷たくなってゆく。 「おれにとっては、都はうっとおしいばかりのところよ」 俊雅は、その変化に気づき、腹の上にあった身体を抱き込んで組み伏せた。 「栄達を約束された頭弁が何を言う」 「おまえこそ…三人も娘があって、なおさらには東宮の覚えめでたい」 「言うな」 「ああ、もう言わぬ」 「もう、聞きたくない」 言葉はとぎれて、あえぎ声に、やがては啜り泣くような嗚咽に変じた。 ぱちり。 扇を畳む音に、俊雅は目覚めた。 いつか、膳やら高坏やらは下げられていて、二人のまわりには几帳が二つ立てられていた。 「なあ、東宮が、わたしを」 徹が語り出そうとするそれを俊雅は唇で塞いだ。 やがて唇が離れるや、再び、 「赤子の父は、義父殿で…」 辛い話を繰る唇は、また塞がれた。 なるほど。 逢えば、唇を吸い合い、まぐわい、そして天と地も判らぬほどに乱れるのは、どちらかがひとつ語り出せばすべて、どちらかを深く傷つけることばかりであったからか。 闇に引き込まれぬよう、俊雅は、今夜この男と重ねた情交の数を数えることに専念した。 見せつけるように抜いた刀の在処を枕元に探りながら、思い当たる。 「眠ったか?」 隣で寝(やす)む男の背に声を掛けた。 返事(いらえ)は、なかった。 「では、眠ったままで聞け。おまえを苦しめる東宮をこの刀で斬ると言うたら、どうする?」 むこうを向いて横たわる徹は、微動だにしなかった。 「ならばおまえの義父殿を斬ろうかと言うたら?」 無論、これも同じであった。 しかし…、 「おまえの母君の夢のごとく、おれがおまえを東国に攫ってゆくと言うたら、どうだ」 徹の肩が、小さく揺れ、 「夢を見ておったよ、ぬしの。実に優しいことを言うてくれた、夢」 と。 決して眠ってはいない男の声がひとつ、肩越しに返った。 それは、俊雅を信じて居らぬということか。 夢にはさせぬ、と、俊雅は思い、 「かの地にもうつくしき都はあるぞ」 言葉を重ねた。 それは夢ぞ…と、優しく逃げる男に、醒めぬ夢をみせるには…如何に…と、今はまだ黎明遠い夜の闇を見据え、刀を抱いた。 徹とそして、刀を。 了 Go to Novel Top Next →宰相殿の夜伽話最終話へ |